上肢(肩、腕、肘、手首、手指)の障害 / 下肢(股、膝、足首、足指)の障害 / 脳の障害 / 高次脳機能障害 の解決事例

89 自賠責保険が頭部外傷後の高次脳機能障害を否定したものの、訴訟手続により第7級4号に該当する高次脳機能障害が認められ、最終受領額8500万円で解決

上肢(肩、腕、肘、手首、手指)の障害下肢(股、膝、足首、足指)の障害脳の障害高次脳機能障害

後遺障害等級併合6級 :上肢(肩、腕、肘、手首、手指)の障害 / 下肢(股、膝、足首、足指)の障害 / 脳の障害 / 高次脳機能障害 、

①高次脳機能障害につき第7級4号、②左足関節の機能障害につき第10級11号、③左手小指の知覚脱失等につき第12級13号、④左下肢の醜状障害につき第12級相当、⑤左上肢の醜状障害につき第14級4号
自賠責保険が頭部外傷後の高次脳機能障害を否定したものの、訴訟により第7級4号に該当する高次脳機能障害が認められ、最終受領額8500万円により解決した事案です。

  8,500
万円
保険会社提示額 - 万円
増加額 - 万円

交通事故状況

被害者は、バイクを運転して青信号に従い交差点を直進進行したところ、対向方向より青信号に従い右折進行してきた加害車両に衝突され、 頭部外傷、左脛骨高原骨折及び左尺骨神経損傷等の傷害を負いました。本件事故の基本的過失割合は、被害者15%、加害者85%です。

ご依頼者のご要望

被害者は、被害者本人により被害者請求をしたところ、自賠責保険は、前記分類のうち、②左足関節の機能障害につき第10級11号、③左手小指の知覚脱失等につき第12級13号、
④左下肢の醜状障害につき第12級相当、⑤左上肢の醜状障害につき第14級4号を認定し、②~⑤を併せて併合第9級と認定しましたが、頭部外傷後の高次脳機能障害は認められないと判断していました。

そこで、被害者は、高次脳機能障害として適切な認定を受けたいとして、当事務所にご相談に来られました。

受任から解決まで

ご相談時の被害者の様子等からして、被害者には、記憶障害等の高次脳機能障害に特徴的な所見が窺われたことから、受任後、当事務所では、被害者が本件事故により第7級4号に該当する高次脳機能障害を負ったとして、訴訟を提起しました。

本件の主な争点は、①被害者が高次脳機能障害を負ったかどうか、②被害者が高次脳機能障害を負ったことが認められる場合、いずれの等級に該当するかという点でした。

保険会社は、自賠責の判断と同様に、①の点について、被害者は本件事故により高次脳機能障害を負ったとは認められない旨を主張しました。

当事務所は、後述する通り、被害者には、画像上の異常所見や意識障害が認められること等を主張立証しました。

その結果、裁判所は、当事務所の主張を認め、被害者が本件事故により高次脳機能障害を負ったと認定しました。

しかし、裁判所は、原告が第9級10号に該当する高次脳機能障害を負ったとして、最終受領額5800万円とする和解案を提示しました。

当事務所は、裁判所が高次脳機能障害を認定した点は、妥当な判断を示したとして評価しつつも、第7級4号ではなく第9級10号と認定した点は、認定が不当であるとし、和解案を受諾せず、被害者の本人尋問及び被害者の妻の証人尋問を実施し、被害者の記憶障害が重篤であること等を立証しました。

その結果、裁判所は、和解時の心証を覆し、被害者が第7級4号に該当する高次脳機能障害を負った旨を認定しました。

そして、最終的に、最終受領額8500万円とする訴訟上の和解が成立しました(なお、被害者は、被害者請求により後遺障害の申請を行い、自賠責保険金として第9相当の616万円を受領しており、最終受領額8500万円は、自賠責保険金を除いた金額です。)。

高次脳機能障害とは

自賠責保険において、脳外傷による高次脳機能障害とは、脳外傷後の急性期に始まり多少軽減しながら慢性期へと続く、認知障害、行動障害及び人格変化を特徴的な臨床像とする障害のことを言います。

認知障害とは、記憶・記銘力障害、注意・集中力障害、遂行機能障害などで、具体的には、新しいことを覚えられない、気が散りやすい、行動を計画して実行することができない、などを言います。

行動障害とは、周囲の状況に合わせた適切な行動ができない、複数のことを同時に処理できない、職場や社会のマナーを守れない、話が回りくどく要点を相手に伝えることができない、行動を抑制できない、危険を予測・察知して回避的行動をすることができない、などを言います。

人格変化とは、受傷前には見られなかったような、自発性低下、衝動性、易怒性、幼稚性、自己中心性、病的嫉妬・ねたみ、強いこだわりなどが出現することを言います。

従来の自賠責保険では、CTやMRIにより脳挫傷、硬膜下血腫及びクモ膜下出血等が確認できる局在性脳損傷の有無に注目して後遺障害の認定をしていましたが、びまん性脳損傷(大脳の表面には異常が認められないものの、脳内に剪断力が働き、大脳皮質と脳底部を連絡する神経軸索が広範に断線したり損傷を受けている状態を言います。)のように、MRIでは異常所見を確認できない場合もあることから、現在では、びまん性脳損傷等の高次脳機能障害を見落とすことがないよう、高次脳機能障害専門部会が設置され、高次脳機能障害の審査が行われています。

高次脳機能障害が認められる要件

脳外傷による高次脳機能障害を負ったかどうかは、①意識障害の有無・程度、②画像所見、③他の疾患との識別等を総合考慮して判断されます。①意識障害の有無・程度については、脳外傷による高次脳機能障害は、意識消失を伴うような頭部外傷後に起こりやすいことを大きな特徴としています。

もっとも、朦朧状態で医師に対して受け答えをする場合もあること、医師が意識障害を記録しないこともあること等から、意識障害は、高次脳機能障害が認められるための絶対的な要件ではないことに注意が必要です。

②画像所見については、急性期において、皮質下白質、脳梁、基底核部及び脳幹等に出血が確認できるかどうか、また、脳室拡大や脳萎縮が確認できるかどうかがポイントとなります。

もっとも、画像上では明確な脳萎縮等の所見が確認できない場合でも、頭部を受傷して高次脳機能障害の典型的な症状が生じている場合には、画像所見が確認できないことのみを理由として高次脳機能障害の発生を否定することは妥当でないと考えられています。

③他の疾患との識別については、頭部外傷を契機として具体的な症状が出現し、次第に軽減しながらその症状が残存したケースにおいて、びまん性軸索損傷とその特徴的な所見が認められる場合には、脳外傷による高次脳機能障害と事故との因果関係が認められると考えられています。

なお、高次脳機能障害の判断に関しては、「自賠責保険における高次脳機能障害認定システム検討委員会」より、平成23年3月4日付け「自賠責保険における高次脳機能障害認定システムの充実について(報告書)」が出されていますので、高次脳機能障害を議論するに当たっては、当該報告書を前提とする必要があると言えます。

高次脳機能障害の等級

自賠責保険における高次脳機能障害は、脳に器質的損傷が認められる場合を対象としています。

高次脳機能障害の等級は、常時介護を要するものは1級、随時介護を要するものは2級、そのほか3級、5級、7級、9級に分類されます。

この点、労災保険では、①意思疎通能力、②問題解決能力、③作業負荷に対する持続力・持久力、④社会行動能力という4つの能力の喪失の程度により、等級評価を行う仕組みが採用されています。

他方で、自賠責保険では、等級認定の基本的な考え方が示されており、1級は「身体機能は残存しているが高度の痴呆があるために、生活維持に必要な身の回り動作に全面的介護を要するもの」、2級は「著しい判断力の低下や情動の不安定などがあって、1人で外出することができず、日常の生活範囲は自宅内に限定されている。身体動作的には排泄、食事などの活動を行うことができても、生命維持に必要な身辺動作に、家族からの声掛けや看視を欠かすことができないもの」、3級は「自宅周辺を一人で外出できるなど、日常の生活範囲は自宅に限定されていない。また声掛けや、介助なしでも日常の動作を行える。しかし記憶や注意力、新しいことを学習する能力、障害の自己認識、円滑な対人関係維持能力などに著しい障害があって、一般就労が全くできないか、困難なもの」、5級は「単純くり返し作業などに限定すれば、一般就労も可能。ただし新しい作業を学習できなかったり、環境が変わると作業が継続できなくなるなどの問題がある。このため一般人に比較して作業能力が著しく制限されており、就労の維持には、職場の理解と援助を欠かすことができないもの」、7級は「一般就労を維持できるが、作業の手順が悪い、約束を忘れる、ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの」、9級は「一般就労を維持できるが、問題解決能力などに障害が残り、作業効率や作業持続力などに問題があるもの」とされています。

実務では、労災保険及び自賠責保険の両方の基準を踏まえ、日常生活状況報告、医師の診断書及び各神経心理学的検査の結果等を参考にして、等級が判断されています。

本件の具体的事情(被害者が高次脳機能障害を負ったか否か)

それでは、以上を踏まえ、本件の具体的事情を検討します。本件の争点は、前述の通り、①被害者が高次脳機能障害を負ったかどうか、②被害者が高次脳機能障害を負ったことが認められる場合、いずれの等級に該当するかという点ですが、①から検討します。

本件では、自賠責保険は、「本件事故受傷による、頭部外傷後の症状については、㋐A病院脳神経外科発行の後遺障害診断書において『急性硬膜下血腫、高次脳機能障害』等の傷病名のもと、自覚症状として『物忘れ、集中力・注意力低下、遂行能力低下、味覚低下』とされています。

この点、初診のB病院脳神経外科発行の診断書において『CTは異常なし。』とされ、『5月6日にMRIを撮影。症状は出ない程度の右硬膜下血腫あり、経過観察のみ。6月28日退院。この間CTで血腫はほぼ消失。9月21日のMRIで血腫は完全に消失。これで治癒とした。』とされており、提出の平成17年5月6日撮影のMRIではごく僅かな硬膜下血腫が認められますが、脳への圧迫所見は認められず、その後撮影されたMRI画像(平成17年9月15日、平成17年9月21日および平成19年10月18日撮影)からは症状の原因と捉えられるような脳挫傷痕や脳萎縮等の脳自体の器質的損傷は認められません。

また、㋑B病院脳神経外科からの『頭部外傷後の意識障害についての所見』によれば、初診時の意識障害については『JCS:I-1、GCS:E4+V5+M6=15』とされており、翌日には意識清明とされる等、その程度はごく軽度のものであること等から、脳自体に本件事故受傷による器質的損傷が窺えるものとは捉えられません。

したがって、訴えの症状が本件事故受傷に伴う頭部外傷後の高次脳機能障害によるものと捉えることは困難であり、自賠責保険における高次脳機能障害には該当しないものと判断します。」と判断しました(引用文中、㋐及び㋑は、当事務所が付記したものです。)。

このうち、㋐が画像所見、㋑が意識障害について判断した箇所です。そこで、当事務所は、㋐について、頭部のMRI画像の鑑定を実施し、自賠責保険が指摘する右硬膜下血腫のほか脳挫傷が存在したことを明らかにし、脳萎縮が起きない場合には微細な損傷所見が消失する可能性があるとする所見を証拠として提出し、画像所見が十分である旨を主張しました。

また、㋐について、被害者は、PET検査により脳の代謝機能に異常所見が認められたことから、高次脳機能障害に関するPET検査の有用性を検証した医学論文を証拠として提出しました。

他方で、当事務所は、㋑について、通院先のカルテを詳細に分析し、受傷直後から見当識障害が認められたこと、事故の翌日以降も記憶障害が認められたことを列挙して、「事故翌日に意識清明とされる等、その程度はごく軽度のものであること」とは言えないことを主張しました。その結果、裁判所は、当事務所の主張を認め、被害者が本件事故により高次脳機能障害を負った事実を認定しました。

自賠責保険は、被害者が高次脳機能障害を負ったことを否定する判断を下していたため、裁判所の判断は、非常に意義が大きいと言えます。

本件の具体的事情(被害者が高次脳機能障害を負ったことが認められる場合、いずれの等級に該当するか)

本件では、問題解決能力及び持続力・持久力が半分程度喪失し、意思疎通能力及び社会行動能力が相当程度喪失していたことから、当事務所は、労災保険の基準を踏まえ、被害者の高次脳機能障害が第7級4号に該当する旨を主張しました。

しかし、裁判所は、原告が本件事故により高次脳機能障害を負った事実を認めたものの、等級については、心因性の障害が加わっていることが窺われる等として、当初、第7級4号ではなく、第9級10号に該当すると判断しました。

また、裁判所は、高次脳機能障害が第9級10号に該当することを前提として、最終受領額5800万円とする和解案を提示しました。

しかし、裁判所が心因性の障害が加わっていると指摘する点は、いずれの証拠によっても、心因性の障害の有無自体が判然としないこと、被害者は、本件事故後、事務職として障害者雇用されていたものの、記憶障害等によるミスを頻発させていることから、第7級4号が掲げる「ミスが多いなどのことから一般人と同等の作業を行うことができないもの」に該当すべきとして、当事務所は、和解案を受諾しませんでした。

そして、記憶障害が重篤であること等を更に立証するために、問題管理台帳(被害者がミスをしてしまった内容や原因を勤務先がまとめたもの)を証拠として提出し、記憶障害とミスの関係を詳細に主張立証したほか、被害者の本人尋問及び被害者の妻の証人尋問を実施し、被害者の記憶障害等が重篤であることを、裁判官に直接見て頂くこととしました。

被害者の本人尋問では、被害者は、前日に食べた食事の内容や、自宅からどのような経路を辿って裁判所まで来たか等の点について、全く回答することができず、記憶障害の重篤性等が浮き彫りになりました。

その結果、裁判所は、当事務所の主張立証を踏まえ、従前の心証を覆し、被害者の高次脳機能障害が第7級4号に該当すると認定しました。

そして、最終受領額8500万円とする和解が成立しました。

担当弁護士のコメント 担当弁護士のコメント

自賠責保険が頭部外傷後の高次脳機能障害を否定した事案について、訴訟手続により、第7級4号の高次脳機能障害が認定されました。

本件は、提訴から解決まで約2年半と長期間を要したものの、高次脳機能障害に該当しないと判断した自賠責保険の判断が覆り、訴訟において高次脳機能障害が認定された点で、非常に意義が大きい事案と言えます。また、被害者の本人尋問や被害者の妻の証人尋問を実施して、第9級10号ではなく、第7級4号が認定された点も、被害者にとって、納得頂ける解決ができたと思います。