脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害 / 脊髄損傷、中心性頸髄損傷 の解決事例

88 保険会社が事故との因果関係を否定して賠償を拒否した第9級10号脊髄損傷の被害者について、裁判所が事故と障害との因果関係を認めた事案

脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害脊髄損傷、中心性頸髄損傷

後遺障害等級9級10号 :脊柱(頸椎・胸椎・腰椎)と脊髄の障害 / 脊髄損傷、中心性頸髄損傷 、

脊髄損傷
保険会社が事故との因果関係を否定して賠償を拒否した第9級10号脊髄損傷の被害者について、
裁判所が事故と障害との因果関係を認めた事案です。

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交通事故状況

被害者は、渋滞により停車中、後続車から追突され、脊髄損傷等の傷害を負いました。

受任から解決まで

被害者は、事故直後、頚椎捻挫等の傷病名と診断され、各医療機関に通院し、治療を継続しました。

しかし、被害者には、頚部痛のほか、手指の巧緻運動障害等の上肢の神経症状が残存し、病的反射(ホフマンテスト)も陽性でした。

自賠責保険は、被害者に残存した症状を脊髄の障害と認定し、第9級10号に該当すると認定しました。

後遺障害の認定後、保険会社との間で示談交渉を開始しましたが、被害者は本件事故前に頚椎症性脊髄症により通院したという事情があり、保険会社は、この点を踏まえ、脊髄損傷は本件事故によるものではないなどと主張し、任意交渉などの手続では解決しませんでした。

そのため、訴訟を提起した上で、訴訟提起から約2年の審理を経て、判決が下されました。

本件では、「被害者に生じた手指の巧緻運動障害等の症状が、事故によるものか、それとも、本件事故前に通院した頚椎症性脊髄症によるものか」が最大の争点となりました。

以下では、脊髄損傷の特徴や、本件の事案のポイントを概観した上で、裁判所の判決を紹介したいと思います。

脊髄損傷とは

脊髄は、脳の最下部にある延髄の下に続いている棒状の神経細胞と神経線維の束のことを言い、脊柱管の中にあります。

脊髄損傷とは、この脊髄が全部または一部損傷したことにより、損傷した脊髄の髄節支配領域以下に麻痺や膀胱直腸障害が発生することを言います。

一般的に、脊髄損傷の診断に当たっては、感覚障害・運動障害・反射の異常の有無から損傷部位の高位診断をし、MRI等の画像により脊髄の形体変化や髄内信号変化などの所見を総合して行われます。

また、脊髄損傷は、麻痺の範囲・程度、介護の要否・程度に応じて、別表第一第1級から別表第二第12級までの7段階に分かれて等級が認定されます。

本件の特徴

本件でポイントとなる事情を、時系列に沿って、簡潔に挙げると、①被害者は、本件事故の約4年前、頚椎症性脊髄症と診断され、左手指の痺れよりも右手指の痺れが強く生じていたが、ホフマン反射及びトレムナー反射はいずれも陰性であった、②被害者は、頚椎症性脊髄症に関して、手術の実施を勧められたが、手術を実施することなく、保存療法により治療を継続し、症状が改善した、③被害者は、本件事故の約5月前にも交通事故(前回事故)の被害を受けており、頚部等を受傷した、④被害者は、本件事故により頚部等を受傷し、治療を継続した、⑤被害者は、前回事故・本件事故直前は、頚椎症性脊髄症により通院していなかった、⑥本件事故後、主治医が発行した後遺障害診断書の既存障害欄に「頚椎症性脊髄症 症状なし」と記載されていた、⑦被害者は、本件事故後、右手指の痺れよりも左手指の痺れが強く生じており、ホフマン反射は陽性であり、本件事故後のMRI画像では髄内輝度変化が認められた、⑧自賠責保険は、本件事故について、被害者が事故により脊髄損傷の傷害を負い、第9級10号に該当すると認定した、などの事情がありました。

このような事情を前提として、「被害者に生じた手指の巧緻運動障害等の症状が、事故によるものか、それとも、本件事故前に通院した頚椎症性脊髄症によるものか」という争点に関して、当事務所は事故により脊髄損傷が生じたと主張し、保険会社は頚椎症性脊髄症に由来する症状に過ぎないと主張し、双方の主張が真っ向から対立しました。

裁判所の判断内容

裁判所は、双方の主張を踏まえ、次の通り判断しました。

「原告は、平成19年当時、既に、頚椎症性脊髄症を発症し、巧緻運動障害、両手の痺れ、歩行障害などの症状を生じており、手術を勧められる程度であったが、保存的加療により改善し通院をやめており、症状は一応治まっていたものと推認することができる。

そして、前回事故により頚部等を受傷し、両上肢や左手指の痺れ、両足のふらつきを含む症状が生じ、接骨院における施術により症状は軽減したが、平成23年3月8日時点においても左手指の痺れ、両足のふらつきが残存していたことに照らすと、前回事故により、頚椎症性脊髄症の症状が再発し、施術により軽減したが本件事故直前においてなお継続していたものというべきである。

さらに、前回事故及び本件事故ではいずれも頚部を受傷し、両手の痺れや歩行障害等、症状に共通点があること、前回事故後の治療は、平成22年11月2日にA整形外科に通院したほかは医療機関を受診したことが窺われないのに対し、本件事故後は複数回通院し、画像所見等も取っていることなどを考慮すると、前回事故による負傷により生じた症状は、本件事故直前にはある程度軽減したが、再度本件事故により受傷したことにより悪化したものであり、本件事故後に原告が訴え、残存した症状は、前回事故の受傷による症状と本件事故の受傷による症状があいまって生じたものと認めるのが相当である。

上記症状による後遺障害の程度は、上記認定のA整形外科の診断に照らすと、本件事故による脊髄の障害と捉えられ、下肢筋力の異常が認められないこと、膀胱機能は正常であり、軽度の痺れや巧緻運動障害は認められるが生活においては自立しているとされていること等を総合的に評価すれば、『神経系統の機能又は精神に障害を残し、服することができる労務が相当な程度に制限されるもの』として後遺障害等級表9級10号に該当するものと認めるのが相当である。」

と判断しました。

担当弁護士のコメント 担当弁護士のコメント

本件では、「被害者に生じた手指の巧緻運動障害等の症状が、事故によるものか、それとも、本件事故前に通院した頚椎症性脊髄症によるものか」という争点に関して、当事者双方から医師の意見書が提出されるなど、医学的な知識を踏まえた詳細な主張が交わされました。

本件では、たしかに、事故以前に頚椎症性脊髄症により通院した事実はありましたが、保存療法により症状が改善して事故直前に通院した事実は窺われなかったこと、頚椎症性脊髄症により生じていた症状と事故後に生じた症状の部位が異なること、事故後はホフマン反射が陽性であったことなどの事情を踏まえれば、事故により脊髄損傷の傷害を負ったというべきですから、この点に関する裁判所の判断は妥当と言えるでしょう。

本件は、自保ジャーナル第1946号にも掲載されていますので、ご興味のある方は、是非ご一読下さい。